雑誌・書籍編集者として活躍後、現在はさまざまな手紙を収集・研究をもとに、多数の手紙に関する書籍を執筆されている中川 越氏。夏目漱石など、歴史的文豪の手紙はもとより、一般の人々の手紙から子供の手紙に至るまで、多くの手紙を手がかりに考える「年賀状のあり方」について、お話いただきました。
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1954年東京都品川区出身。雑誌・書籍編集者を経て、執筆活動に入る。古今東西、有名無名を問わず、さまざまな手紙を収集・鑑賞し、手紙のあり方を研究。近代文学の文豪たちの書簡を手がかりに、そのエッセンスを紹介するなど、多様な切り口から手紙に関する書籍を執筆、手紙の価値や楽しさを紹介している。挨拶状ドットコム年賀状では、全291文例を監修・指導を行う。
挨拶状には、こう書くことが正しいとされる形式がありますが、本によって少しずつ違いがあり、どれが正しいのだろう?と疑問に感じる方も多いと思います。今は「拝啓・敬具」が一般的なマナーとされていますが、夏目漱石や芥川龍之介など、その時代の文豪たちは、「拝啓」で初めて「草々」で終えたり、「草々敬具」といったかたちをとっていた手紙が残されています。頭語はなく「謹言」だけで終えることもあり、その時代により差異はありますが、共通していえることは、改まって始まり、改まって終わる、ということです。内容は多少ふざけていても、その文章を敬意で包み込む。長年多くの手紙を研究してきましたが、本当に大切なところはこの一点です。ばらつきのある形式の中で一つ筋が通っているもの、改まる想い、つまり「敬意」です。この「敬意」を大切にしていれば、どんな手紙や年賀状でも書くことができます。
年賀状に限らず、印象に残っているお手紙を飾っている方もいるのではないでしょうか。私の場合は、先輩の文芸評論家の方から頂いたお礼状を飾っています。尊敬している方からのお手紙は、自分が大きくなったようで嬉しくなります。他にも結婚したときに恩師から頂いたお手紙も印象に残っています。手紙には一言「さて、どう生きるか。」と。結婚をして浮かれている時にドキッとさせられた、ストレートなメッセージが今でも印象に残っている一葉です。これらのお手紙は、恩師であり、先輩であり、10も20も歳上の先輩方から頂いたものですが、その内容や文章は敬意を大事にされていて、形式張っておらず、ちっとも上から目線ではありません。形式にこだわった手紙も必要ではありますが、一般的にはレアケースでした。そのレアケースを、いまではオーソドックスとしていかなる場合でも書かなければならないという風潮があります。しかし本来は、尊敬があり、感謝があればどう書いてもいいものだと私は思います。
手紙や年賀状で大切なことは、上手下手ではなくきちんと想いが伝わるかどうかです。文章は綺麗で上手だけど伝わらない手紙、たどたどしくて下手だけど伝わる手紙。いい手紙、いい文章とは、その人らしい文章だと思います。ありきたりな内容、書き方であっても、どこかでその人らしさは出てくるもの。その人らしさがあれば、多少文章が崩れていても、読む人によって「ああ、あんたらしいよ」となるはず。ではその人らしい文章はどう書くのか、それは、試行錯誤を重ねて、見つけていくものかなと思います。自分らしさを表現しようとすればするほど、逆に自分らしさをなくす場合もあって難しい。そんな時に、今度は挨拶文の形式の意味が出てくる。形式よりも自分らしさが大切ですが、形式を知らなくては個性を見つけることは難しいと思います。
私も自分らしさを出すために、様々な試行錯誤をして楽しんでいます。例えば筆記具を変えてみます。筆で書くことがありますが、それは字がうまい訳ではなく、新鮮な気持ちになるため。早く書くなら、筆ペンで書けばいいのですが、硯で墨をすっている間にも相手のことを考えています。他にも、1文字ハンコを自作してみたりして、ガラスペンにしてみたり、新しいモチベーションを高めて、常に新鮮な気持ちで、自分らしさを出せる工夫しています。手紙にとどまらず、自分らしさを出すことは相手への最大のプレゼント。あるときは微笑ましく、あるときは心に響くものがある。自分らしさとは、瑞々しい生命だと思います。そういうものにふれる喜びが、手紙にはある。「らしさ」に触発されて、それをモチベーションに、お互いに持っているものが引き出されていく。それが手紙の醍醐味、人間関係の醍醐味ではないでしょうか。
年賀状を出される枚数も、出される方も、年々減少しています。今、年賀状のCMなどを見ていても売りにしていることは「早く」「丸投げ」そんな言葉です。それも大切ではありますが、私は想いを伝えるための時間を楽しむことが大切ではないか、そう考えます。私は毎年、自分で年賀状のデザインを制作しています。干支の立体物を作って撮影したり、墨絵っぽく描いてみたり、風景を撮影して加工したり、切り絵でデザインしてみたり、その時々で、遊んで楽しんでいます。もちろん、みんなが写真を撮れるわけではなくて、絵を描けるわけでもありません。手書きが重要ではなくて、その時間を楽しむことが大切なのです。今は、手紙やメールが直ぐに返ってこないと、苛立ちを感じるほどになっています。ですが時短にしてたくさんの手紙やメールを送れば幸せになるかというと、そういうわけではなく、粗雑な想いのぶつけ合いに終わってしまいます。ありきたりをなぞるのではなく、相手のために、自分らしさの工夫をこらす。時間はかかりますが、その時間をどうやって楽しめるかが、これからの年賀状には必要なのではないでしょうか。
- 『文豪たちの手紙の奥義―ラブレターから借金依頼まで―』
(新潮文庫・新潮社) - 『すごい言い訳! 二股疑惑をかけられた龍之介、税を誤魔化そうとした漱石』
(新潮社) - 『NHKラジオ深夜便 文豪通信 小説家たちは、驚きの手紙を書いていた』
(河出書房新社) - 『愛の手紙の決めゼリフ 文豪はこうして心をつかんだ』
(海竜社)